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01.柳の水

Source: 『都名所図会』巻一

 絵は西洞院通三条下る柳水町にある「柳の水」の井筒を描いたもので、右下隅に見えるのがその井筒です。上部につけられた解説によると、その昔、ここには鳳凰山青柳寺という法華宗の道場があり、その寺号によって「柳の水」という名がつけられたといいます。また、千利休は茶の湯を点てるのにここの水を用い、この名水に直射日光が当たらないよう井筒のかたわらに柳を植えたことでこの名がついたという説も伝わります。なるほど、絵の井筒を眺める老人は茶の湯に通じた人で、先人に思いを馳せているのだということがわかります。老人のお供の少年は名水よりも後ろにいる茶筅売りたちが気になっている様子です。
 棒の先に藁を設え、そこに茶筅を挿して売り歩く男性が2人。頭巾をかぶり法体の彼らは首に瓢箪をさげていますが、これは左上隅の遠景に描かれた空也堂の回向僧たちです。上部の解説によると、彼らは「空也堂鉢たたき」と呼ばれ、茶筅を売ることを生業としていました。その昔、村上天皇の御代、疫病が流行し多くの人びとが亡くなりました。これを憐れんだ空也上人は観音の像を造り、茶の湯を点ててお供えし、これを諸人に与えました。すると、観音様の御利益で疫病の猛威はおさまりました。時の天皇はこれを吉例と定め、毎年正月三が日に空也堂の茶筅で茶を点てて飲むとその年は病気をまぬがれるといわれるようになり、これを「王服茶」と呼んだのだといいます。
 絵の右側にある人家の庭には梅が咲き誇り、また、僧たちが茶筅を売り歩いていることからみて、正月三が日の風景を描いているのだとわかります。左側にみえる人家の戸口から出てくる女性は、「ひとつ、頂きましょ」と、茶筅を買いに出てきたのです。左下隅の刀を二本差した裃姿の男性は武士です。二本差しの従者と一本差しの小物を連れて、新年の挨拶回りなのだと知られます。

From:『もっと知りたい「水の都 京都」都名所図会が伝える京の名水』(2005年2月)