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28.芹根の水

Source:『都名所図会』巻二

 絵は西堀川通木津屋橋下るにあった「芹根の水」と生酢屋橋の様子を描いたもので、左下隅の石碑が建つ川沿いの井筒と右端の小橋がそれです。現在では木津屋橋ですが、江戸時代はこの付近に酢屋が多くあったことから生酢屋橋と表記したのです。上部の解説をみると、堀川に架かる生酢屋橋から東山に向かって眺める月はたいへん素晴らしかったとか。月の名所で知られる信濃国は更級の月に似ているともいわれ、月見橋と呼ぶ人もいたといいます。絵をみると豆腐屋の通帳と豆腐箱を持った女中がいます。この付近は水もよく、豆腐作りに適していたのだと知られます。2匹の犬に囲まれた少年は魚の干物を持っています。女中はこれをみて、「ほほほほほ、犬は鼻が利きますなぁ」。
 一方、「芹根の水」を囲むグループも描かれています。前述の少年の左にいるのがこのグループの主人、刀を一本差していますから町人です。続いて振り袖姿の娘さん、帯を前に結んでいるのがご内儀、横縞の女性は側仕えです。荷物持ちの男性、濡れた手を拭う一本差しの息子さん、側にいるのがご隠居です。絵のなかではこんな会話が交わされているのかも知れません。「ちょと、待っておくれやす」、ご内儀が主人を呼び止めています。「なんや、そんなとこで」と振り返る。彼らは中京の町人で洛外に出かけた帰りです。行きは目的があるので先を急ぎますが、帰りには寄り道もします。息子さんは行きの道で気になっていた名水に立ち寄っているのです。すると、「芹根の水ゆうのはやな」と、ご隠居の説明が始まります。「ここの水は霊水やといわれとって、清水が湧き出て絶えることがないんやそうな。この石碑も書家の烏石葛辰が彫ったんやと」。すると息子さん、「それでこんなに澄んだ水が涌いてるんですな」。下京の人たちにはさほど珍しくない名水であっても、好奇心旺盛な中京の若者には珍しくみえるのです。地元の人でも知っているようで知らない名所、というのは今日のわたしたちにも通じる感覚なのかも知れません。

From:『もっと知りたい「水の都 京都」都名所図会が伝える京の名水』(2005年2月)